栁沼 英夫

2023年NET桜蔭会美術展

氏名 栁沼 英夫 高25(1973卒)
作品名 想い出のプリズム
画材 水彩画
コメント 会員名簿の表紙として書きました

氏名 栁沼 英夫 高25(1973卒)
作品名 マエストロの館・懐想曲
画材 水彩画
コメント あの小さな部屋に咲き続けた青春の花を想う

氏名 栁沼 英夫 高25(1973卒)
作品名 初代神中校舎
画材 水彩画
コメント 寧静致遠の館を復元

氏名 栁沼 英夫 高25(1973卒)
作品名 願照・本当の輝きとは
画材 パステル
コメント あの頃 校舎の西側から見つめた一刻の幸せ

2022年NET桜蔭会美術展

氏名   栁沼 英夫(高校25期)
作品名  希望ケ丘高等学校・思い出のプリズム
画材   絵画
制作年  2019年
コメント 2019年刊行の名簿の表紙として描いたものです。
生徒=3年、講師、教諭=18年、合計21年、毎日眺めた思い出の風景です。
名簿刊行後に、体育館は解体されたようです。さみしいですね。
高校2年の時、体育館の2階のバルコニーに、ベニヤ板10枚ほどを並べて、壁画を描き、「記念祭」で展示したことがありました。当時の作品の写真もなくて、いま確認できないのが残念です。
下絵だけが手元にあります。ピカソの「ゲルニカ」、ミケランジェロの「最後の審判」に心酔していたようです。

氏名   栁沼 英夫(高校25期)
作品名  木造=芸術・家庭科棟・音楽室とピアノの周辺 
画材   絵画
制作年  1972年
コメント 私が2年生の頃、鉄筋コンクリートの「芸術、家庭、理科、図書館の新棟」が完成して、授業も、新たな教室で開始した。以前から使用されていた木造校舎は、部活動の活動拠点になった。
友人のS君が演奏した、バッハの無伴奏チェロ組曲の「プレリュード」の豊かな響きを鮮明に憶えている。
私もこのピアノを、何度か弾いた。

氏名   栁沼 英夫(高校25期)
作品名  グランドを望む 
画材   絵画
制作年  1979年10月
コメント 1979年4月から母校で、講師として美術の授業を担当した。この絵は、私の美術授業の記憶の貴重な1頁目となった。
当時の生徒の皆さんは、今年で58歳である。健康に気をつけて、過ごしていただきたいと願っている。
桜も43年経過して、大きく成長したことだろう。
元気な生徒の笑顔が、なつかしい。

氏名   栁沼 英夫(高校25期)
作品名  神奈川縣立第一横濱中學校 附屬圖書舘 大正8年夏 
画材   絵画
コメント 本図書館は、大正6年6月24日創設。旧寄宿舎跡に建設された。
手前が閲覧室、奥に見える二階建煉瓦造が書庫である。
寄贈者は渡邊福三郎氏。11月6日、有吉忠一知事が視察された。
大正12年9月1日、関東大震災にて半壊した。
木村繁四郎先生の落胆を想像してしまう。所蔵されていた名品、貴重図書などが
失われてしまった。今、見れないのが、なんとも残念である。
古写真(3.6㎝×5.3㎝)を元に、復元して描いた。

氏名   栁沼 英夫(高校25期)
作品名  神奈川縣立第一横濱中學校 正門・本館・控所 大正2年
画材   絵画
コメント 明治30年創立の母校の初代木造校舎。正門は明治45年に改築された。
画面左下の茶色の物体は、横濱水道敷設工事の様子を示す。
学校前の坂道は、水道道と称される。校舎の細部を描きながら、建築意匠の工夫を、随所に発見して、興味深かった。

氏名   栁沼 英夫(高校25期)
作品名  神奈川県立希望ケ丘高等学校 金沢仮校舎を望む 昭和25年秋
画材   絵画
コメント 昭和20年5月29日、横濱大空襲で、母校校舎は焼失した。7月2日、戸部国民学校校舎の一部を借用して授業を再開。
昭和21年4月13日、金沢仮校舎に移る。旧第一海軍航空技術廠青年工員養成所寄宿舎跡を借りて、仮校舎として使用。
昭和23年4月1日、神奈川縣立横濱第一髙等學校と改称。昭和25年4月1日、神奈川県立希望ケ丘高等学校と改称。
以上のように母校の歴史の中でも苦難の時期の校舎を描く。背景の山は、能見堂、称名寺の方角である。
手前の平潟湾は、後に埋立られ、柳町となった。名勝=金沢八景の面影を見ることができる。

氏名   栁沼 英夫(高校25期)
作品名  神奈川県立希望ケ丘高等学校 グランドから金沢仮校舎を望む 昭和25年秋
画材   絵画
コメント 「神髙」の愛称で呼ばれた母校の校舎である。学生自治会、男女共学、記念祭の開催、文化活動の隆盛、運動部の活躍。野球部が甲子園に出場したのも、金沢仮校舎時代である。
ガラスが割れてもそのままという、学習環境としては困難な時代であったが、進学成績は、大変素晴らしかった。
「櫻陵時報」等を読み、当時の先輩方からお聞きしたお話を噛みしめて、、、新たな時代への溌剌たる意欲を感じながら、描いた。

氏名   栁沼 英夫(高校25期)
作品名  神奈川県立希望ケ丘高校 木造校舎、体育館兼講堂、芸術科家庭科棟 昭和42年頃
画材   絵画
コメント 希望ケ丘の2万坪の台地に建設された母校校舎。小学生の頃、一度「記念祭」を見学した際に、校舎内を歩いた。学校が大きくて、大変に驚いた。
化学部の実験装置を見学して、きっちりした実験をしてみたいと、、高校への憧れがふくらんだ。
彩色復元をしながら、メルヘンの世界に迷い込んだような、楽しい気分になった。
「思い出のプリズム」である。

氏名   栁沼 英夫(高校25期)
作品名  思い出プリズム・櫻巡礼1
画材   絵画
コメント 母校の校内には、櫻樹と花を見上げて、時を忘れるような場所があります。巡礼の第一歩に、「バレーボールコート周辺」を選びました。
高低差があるので、順光、逆光と、光の作用を生かして、櫻の美しさを楽しめます。校舎の陰影を背景にして、毎年、生き生きと輝いて、咲き誇ります。

氏名   栁沼 英夫(高校25期)
作品名  神奈川縣立第一横濱中學校 校舎全景(1922年10月)
画材   絵画
コメント 母校の藤棚校舎の全景です。木村繁四郎校長をはじめ、恩師の方々のご尽力で、補強改修工事が完成した頃の情景です。
翌年大正12年9月1日、関東大震災で、校舎は半壊、全壊という悲運に遭遇しました。
2度の悲運を乗り越えて、現在の希望ケ丘高校は、全人教育の伝統を引き継いでいます。
まさに不死鳥です。「寧静致遠」「クラーク精神」そして、フェニックスの伝統の力を、この絵を描きながら、実感しました。
尚、校舎は中央から上の狭い部分です。手前は、隣接する民家(茶色の屋根)、および防水布工場です。野尻抱影(中學2回卒)氏の木村先生宛ての手紙で、判明しました。

2021年NET桜蔭会美術展

氏名   栁沼 英夫(高校25期)
作品名  願照
画材   絵画
コメント リド島に向かう船は心地よくゆれ、私はその奇跡のパノラマを見つめた。マーラー=交響曲5番のアダージョに結実した永遠の時間。歴史が深く呼吸している。明日、新たに生まれ変わり、私達に命を与えるヴェネツィアの太陽の存在を思った。今、見えざる壁に閉じ込められてしまった時代だからこそ、私の、そして、あなたの「願照」を、大切に守りたい。

氏名   栁沼 英夫(高校25期)
作品名  黄昏の鐘音
画材   絵画
コメント 今日そこにあったものが、明日にはなくなり、、、見慣れた美しい山並みが、新たな建物で、もう見えない。
レデントーレ教会は、パッラーディオが設計した清楚な建築である。どんなに暑い夏でも、鐘音が響く頃、ヴェネツィア人は部屋から路上に出て、木陰に椅子を並べ、刺繍の仕事を始める。もう数百年も、そのような生活がつづいているのだろうか。
 大切なことがわかるには、長い時間が必要?

氏名   栁沼 英夫(高校25期)
作品名  命響の渓にて
画材   絵画
コメント 体調を崩してもう15年以上が経過した。私にとって、まさに「人生は50年」である。猛暑でも汗がでない。そんな日々が続いた。自然の豊かな樹々の中、木道を歩いている時、背中を汗が、すうっと流れ落ちた。平山郁夫先生が、体調不良で苦しんでおられた時、奥入瀬の渓流でスケッチしてから、体調が回復された。
豊かな自然、大地の木霊は命をやさしく生き返らせる。

氏名   栁沼 英夫(高校25期)
作品名  時を聴く     
画材   彫刻
コメント 大学時代、「古美術研究旅行」という課題があった。これを履修しないと卒業できない。奈良の研究所に2週間、皆で自炊して研修した。千野茂先生、西村公朝先生にご指導いただいた。いま振り返ると、人生最大の贅沢な勉強をさせていただいた。中でも、国宝の「十一面観音立像」をすべて拝観して、彫刻はどうあるべきかを、確信したように思う。「時」のなかにしか、人間は存在することができない。とどまることのない「時」が、安らぎとなり、希望の光に照らされますように。

氏名   栁沼 英夫(高校25期)
作品名  希い     
画材   彫刻
コメント 題名の「希い」を何度も、言葉にして、、私自身が、「希い」という思いを封印していたことを、あらためて、感じた。どうしようもないことがあるのです。この作品は、作者の想定をこえて、私自身に対する応援歌になった。
奥山泰堂先生が、「ほんとうの日本女性の像です。すばらしい。」と、ほめて下さった。西洋彫刻の真似じゃない。ロダンの真似じゃない。
そして、今、一番大切なことは、「希い」というお互いへの応援歌を合唱すること。

2020年NET桜蔭会美術展

氏名   栁沼 英夫(高25期)
作品名  明日を開く
大きさ  F80
画材   油絵
コメント 30年くらい前に描いた作品です。海辺の夕方のひと時は、新たな明日のへの希望の耀きを感じます。大きな困難に立ち向かっているいま、新たな明日を創造する力を大切にしたいと思います。母校の小学校に所蔵されています。生徒の皆さんは、どんなことを感じて下さるのでしょうか。健やかなご成長を願っています。

氏名   栁沼 英夫(高25期)
作品名  絆
画材   銅像
コメント 「絆」という題名は、飯野町の教育者T先生に、命名していただきました。先生には大変お世話になりました。心から感謝し、お礼をお伝えしたいと思います。飯野町ボーイスカウト団の記念像として制作させていただきました。子供たちの健やかな成長は、私たちの希望そのものです。

氏名   栁沼 英夫(高25期)
作品名  願翔
画材   銅像
コメント 願翔」(東日本大震災復興祈念像)、2013年7月24日、福島市・飯野町合併5周年記念事業として、銅像を寄付させていただきました。飯野町でお世話になったT先生ご夫妻、福島出身の私の両親の名前で、福島市に寄贈させていただきました。心がひとつになって、復興の願いが、空に羽ばたいて、全国に届きますように。

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